マフィアと呼ばれたくて。

戦いの太鼓(タムタム)を響かせてナヴァホのように襲撃するのさ。

【読感】ITビジネスの原理/尾原 和啓 著

京都大学大学院を卒業後、MckやリクルートGoogleなど10回の転職を経て現在は楽天執行役員を務める尾原 和啓さんの著書。前半は題名の通り、ITビジネスがどのように成り立っているか、マネタイズ方法を軸にその論理を丁寧に説明している。中盤、インターネットが与えた情報や社会への変化に対する考察を加えた後、話はこの先の未来へと展開していく。

 

キーワードは“ハイコンテクスト”。アメリカ合衆国文化人類学者であるエドワード・ホールが提唱した概念で、日本のようなコンテクスト(コミュニケーションの基盤となる言語や共通の知識、体験など)共有性の高い社会と、欧米のようなコンテクスト共有性の低い社会が存在するというものである。ハイコンテクストな社会では、いわゆる阿吽の呼吸やツーカーのコミュニケーションが成り立つが、ローコンテクストな社会ではそれが出来ない。故に論理的な思考や表現を基盤としたコミュニケーションスタイルが求めらる。

 

ローコンテクスト社会の代表例は、間違いなくアメリカだろう。メイフラワー号に乗ってイギリスから移り住んだ人々に起源を持つアメリカは、そもそもの成り立ちが多様性を前提としている。共通のコミュニケーション基盤を持たない彼らがロジックを拠り所としてきたのは実に自然な流れだ。

 

尾原氏は、インターネットという技術がこのローコンテクスト社会の代表例であるアメリカで生まれたことは不幸であると述べている。元来ハイコンテクストなものとハイコンテクストなものを繋ぐ可能性のあるインターネットがローコンテクストな社会で生まれてしまったことによって、インターネットはローコンテクストなものであるという世界的な標準のようなものが出来上がってしまった、と。

 

個人的には“不幸”というのは少し言い過ぎなのではと思う部分もある。インターネットの発見や発展は確かにアメリカや西海岸の功績であるし、それはローコンテクスト社会が得意とする論理的な思考や意思伝達があってこそ成し得たものだと思う。

 

不幸があるとすれば、表面的なトレンドを追うばかりでアメリカ的な技術の使い方やデザインを踏襲し、その国や地域毎の文化や慣習を無視したサービスを創りだしてしまうことではないだろうか。地形や人口構成などを変数に、世界には多様な社会が存在する。もちろん人間に普遍的な部分も沢山あるはずだが、商習慣などの多様性を鑑みるにインターネットの在り方もその国や地域毎に多様な在り方があってしかるべきなのだろう。生活の至るところに介在し、時にコミュニティさえも形成してしまうインターネットの性質が故に、文化や慣習とは切っても切れない運命共同体なのだ。

 

まがりなりにもWebサービスを作っている側の人間として、ゼロベースで対象ユーザーに向き合って設計していきたいと改めて感じた一冊だった。10回の転職を経て様々な角度からインターネットを見つめてきた著者ならではの考えを分かりやすく読める好著を是非一読あれ。

 

ITビジネスの原理

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